Hoomeeの人生日記

凡人代表の私が日々成長する話。

転職がチラちく、社会人2年目。

新卒2年目の私が、今の正直な心境をつづってみた。

 

最近、仕事についてめちゃめちゃ考える。自分は年齢でいえば新卒2年目。転職市場では第二新卒と言われる年齢だ。今、恋人はいるけど別に結婚や同棲の目処もたてていない。この、所帯を持っていないこの期間に。若くてまだ動く活力のあるこの期間に。私は成長したいとまた思ってしまった。

 

まあ、そのような志があったから高額商材なんかに引っかかったのだが。ひとまず会社員としてキャリアを築こうと再燃している。

 

simplehoomee.hatenadiary.com

 

YouTubeのキャリアに特化したチャンネルで、こんな文章が目に飛び込んできた。

若者の転職は「不満型から不安型へ」

ものすごくストンと落ちた。まさにそうなのだ。別に、成長できている実感があって、そこそこお金ももらっているなら別に転職するなんて未来を考えなかっただろう。

だが、今はなんだか物足りないのだ。自分は営業職を休職した後に事務職へ移った。職今の職場環境は人間関係もギスギスせず良好である。しかも定時で絶対帰れる。仕事の内容も淡白で単純だ。この仕事内容で、この給料だったら…。まだもらってる方なのかもしれない。高くはないが。という感じだ。

でも。

もったいない気がしてしまう。というか、仕事内容的にはあまり頭を使わずに仕事をするのだが、私は思考することが何よりも好きなのでぶっちゃけアンマッチだ。

「好きなこと?向いてるもの?そんなのわからんよ結局…」と言う人はぜひマーケターの森岡毅さんが紹介していたTCL分析というものをやってみてほしい。

診断してみた結果、私は断トツで「考える」ことが好きなのだと分かった。そう、私は考える仕事に向いているらしい。

そんな人が、考えずにできる仕事をしているのだからそりゃあ限界も来る。おかしいと分かっているが、この前仕事がつまらなさすぎて唐突に涙をデスクで流した。(周りには気づかれない程度に)それがハードモードに移行し、とうとうトイレに行って泣くという状態まで来てしまった。

この状況を上司になんとか伝え、相談にものってもらった。それは良かったのだが、結局今の仕事内容がガラッと変わるわけでも、会社の方針が変わるわけでもない。じゃあ、どうする。転職、だろ。となるのだ。

 

ただ気を付けなければいけないのは、ずっと「やりがいを求めないこと」だと思う。ここでもなかった、あそこでもなかった。そうなるとやりがいゾンビになってエンドレスその人生を辿る。まあ、人生というのは常に満たされてはいないと思うから、きっとこの考え(上昇志向)は一生自分の中にあるのだろうけど。

だから、とにかくマッチした職に就きたい。天職なんて一生わからないし正解なんてないけど、「大変だけど、私はこの仕事にやっぱり向いてる。どんなに難しい場面があっても、結局それを楽しいと思える職だな。」と思いたい。ただそれだけだ。

 

さて、どうなる新卒2年目。就活生の自分が思っていたよりも、早く「転職」という概念がじわじわ自分の中に来ている気がする。

 

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〜おまけ〜

仕事がつまらなさすぎて日常に潤いを与えたいと思い、ノリで買った簿記2級参考書たち。1週間後に、あっ私は今簿記ではなく転職をするべきだと踏み込む羽目になる。

頑張らないで生きてみた2ヶ月間

頑張らない、頑張らなかった。頑張らなかったか2ヶ月間。いや、これからも頑張るんだろうか。いや、今も頑張っているんだろうか。

 

とにかく、あの件をブログに公開してから「頑張らないことを徹底した2ヶ月間」を生きてみた。

↓あの件

simplehoomee.hatenadiary.com

 

「頑張らない」を明確に定義できないが、ここでは私が意識的に「頑張らない」と思っていたらそれでいいことにしてみよう。

 

さて、この2ヶ月間で感じたことを率直に一言で。

 

頑張らなくても、幸せだった。

 

私はあの件があるまで、私は私を「何者」でもなく、何も成し遂げていない人間だと思っていた。何かに飢えていた。社会に出て、今の日本の働き方では経済的にも枯渇していく一方だと危機感を持っていた。もちろんその危機感は悪いものではないと思う。けれども、そこまで自分を犠牲にすべきだったのだろうか。

今ある自分の幸せを噛みしめずして、何かに飢えて、周りにいる家族・友達・恋人との時間をアホのように削ってまでやるべきだったことなのだろうか。

自分のアンサーは、ノー、だった。

 

人によっては、人生は一度きりなのだから思いっきり挑戦した方がいいと言う人もいるだろう。けど自分は違った。人生は一度きりなのだから、いつ終わるのかわからないのだから、自分の大事なものをとことん大事にする人生がいいと思った。

 

そう、ただそう思った。

 

今の私は、仕事から帰っても勉強をしなくなった。その時間に、自己研鑽を積んでいる人も大勢いるだろうが、気にしないことにした。後悔したっていいと思った。だって、自分にこういう時間があってもいいじゃんって思った。これも、あの件で大失敗・大損失したからこそ得られた教訓のようなものだった。

 

なんかこう、周りがやってるから、とか焦るから、みたいな理由で人生をかけてまでやる必要ってないと思った。自分が本当に成し遂げたい、と思った時に犠牲にするものをひとつやふたつ作ってもいいと思った。

いいじゃん、まだ23歳だよ。と56歳の自分は言っているような気がする。

楽しいことを全部後回しにして、何が良い人生なんだろう。

 

この、頑張らないことに対して罪悪感を感じなくなった自分を、とことん褒めたい。

こうなるまで、15年はかかった気がする。

 

責任感・正義感の強い自分へ。

頑張らなかった大賞、受賞です!おめでとうございます!!!!!!

 

頑張らなかった大賞の賞品、一番うまいスコーンであろうshozo